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第7回
葉月
「能と女」
「面と衣装」
宮西ナオ子
浅見慈一
2009.9.28代々木能舞台

代々木能舞台は、現存する数少ない屋敷内舞台です。本舞台と同じ屋敷内の和室(敷舞台)で、御当家の浅見慈一氏と、総合文化ライターで『女性と能楽研究』で博士号を取得された、宮西ナオ子さんのお話を伺いました。

宮西ナオ子氏と浅見慈一氏
しき舞台

〈宮西ナオ子さんのお話〉
──能と女──

能の歴史を紐とくと、巫女が舞っていた時代もありましたが、室町時代に観阿弥、世阿弥父子が大成し、武家に支持され、江戸時代に幕府が取り仕切るようになってからは、女性が能舞台にあがることは許されなくなり「能は男性のもの」となりました。女性能楽師がプロとして認められるようになったのは、戦後昭和23年のことです。
現在「芸」の分野はプロとアマの区別があいまいですが、能の世界ではいまだに厳格に分けられています。私は師匠の足立禮子さんに師事し、素人会で舞台に上がらせていただきました。足立禮子さんは84歳の現在も現役として活躍しておられます。

宮西ナオ子氏

2004年、足立禮子さんを含む22名の女性能楽師が重要無形文化財として認定を受けました。私はこれをテーマに「女性能楽師と2つの壁」という論文を書き、2006年博士号を取得しました。この論文は、海外からも反響がありました。特にフランスは非常に関心が高いようで、私たち日本人の方がその素晴らしさに気付いていないようです。

女性と能楽研究のため女性能楽師の方にインタビューをしていて、感じたことがいくつかあります。皆に共通しているのは「心磨きをしている」ということです。お話を伺いながら、彼女たちの生き方に感動しました。能特有の「呼吸の深さ」というべき丁寧な呼吸法は「息の仕方=生き方」なのではないかと思います。
小袖曽我 また、能舞台にはマイナスイオンが満ち溢れています。隅々まで清められた空間に身を置くと、自然と浄化されていくようです。
能楽師はいわば「悟りと癒し」の伝道者といえるでしょう。時代を経て受け継がれているのは、舞台に上がる人間だけでなく、観た人が幸せな気分になるからに他なりません。女性は平和志向の方が多いので、今後の女性能楽に期待されます。
私自身も能を学んだことで、とても世界が広がりました。能を知ると、他の伝統芸能にも通じるようになるのです。姿勢や発声、呼吸法は健康づくりにも欠かせませんし、いくつになってもできるという点も、能の大きな魅力です。

能楽師

女性の面を一同に集めてくださった浅見氏。なかでも印象深いのが、浅見氏が「宝」という、江戸初期に作られた「猩々」(しょうじょう)です。時代を経た色といい、何とも言えない味わいがあります。年代順に並べると下記のようになります。

女性の能面 「小面」(こおもて)
「若女」(わかおんな)
「まさかり」
「増女」(ぞうおんな)
「深井」(ふかい)
「姥」(うば)
「山姥」(やまんば)
「痩女」(やせおんな)
「桧垣女」(ひがきおんな)
「橋姫」(はしひめ)
「猩々」(しょうじょう)
「般若」(はんにゃ)

能面を見る参加者

面をつけてもらったところ

宮西さんに面をつけてもらったところ、見る角度によって面の表情が変わるのがよくわかりました。また面をつけると視界が狭まり、距離感もなくなるのだそうです。
刺繍が見事な衣装も手に触れさせていただきました。能独特の「摺足」は「重い装束と狭い視界と関係があるのかもしれない」とおっしゃる浅見氏の言葉に、一同納得です。

お話を伺った敷舞台は、昭和9年に建てられたもの。表舞台が野外にあるのは靖国神社と代々木能舞台だけということで、文化財としての価値が非常に高いことがわかります。
能舞台周辺は戦禍を免れたそうで、風情ある佇まいに建築当初の様子を伺うことができます。

本舞台

お二方のお話を伺った後、「万歴龍呼堂」の秋の味覚がたっぷり入った折詰弁当と、和菓子、お抹茶をいただきました。美味しいものは人を幸せな気分にしてくれるものですが、「能舞台」という特別な空間で美しく滋味豊かなお弁当をいただくと、気持まで豊かになるようです。2時間という限られた時間だったのですが、すっかり身も心も満たされました。

万歴のお弁当
集合

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