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第6回
文月
「相馬野馬追」 川嶋 舟
2009.7.23-24福島県南相馬市
川嶋 舟氏

「和人の会」第6回、東京を離れ、向かったのは福島県南相馬市。一千余年の歴史を誇る、国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」を観るのが目的です。川嶋舟氏の奥様のご実家が、この行事を司る「相馬中村神社」の宮司を務めておられる御縁で、スペシャルな企画が実現しました。

──野馬追の由来──

相馬家の始祖、平小次郎将門が騎馬武者の軍事訓練と、馬を神前に奉じ妙見の祭礼として行なったのが始まりといわれています。 南相馬市を中心に、旧相馬藩領二市四町一村を挙げて毎年7月23日~25日の3日間開催される伝統文化行事で、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。
相馬家は鎌倉時代から幕末までお国変えがなかったため、現在でも総大将は相馬家の子孫が務めており、今年の総大将は相馬行胤氏でした。
今回、私たちは、2日目の本祭りを拝見しました。

馬

──人馬一体 神旗争奪──

早朝5時に起床、外はあいにくのお天気。会場には続々と身仕度を整えた騎馬武者が集まり、「お行列」の始まる頃に、雨も収まりました。さあ、いよいよ本祭りの始まりです。

■「お行列」

絢爛豪華な先祖伝来の甲冑に身を固めた500余騎の騎馬隊が御本陣を目指して市街地から約3キロの道のりを進軍する様は、圧巻!途中総大将、侍大将、組頭を紹介する口上も戦国時代さながら、見ている私たちも引き込まれます。

お行列

■「甲冑競馬」

雲雀ヶ原祭場地に移動し、正午から勇壮な甲冑競馬が行なわれます。
1回に10頭が、先祖伝来の旗指物をなびかせ、1周1000メートルを疾走。白鉢巻きを締めた若武者たちが、見事な手綱さばきで馬を走らせ、それに呼応するように色とりどりの旗指物が風を受けて、唸りを上げます。
旗印のデザイン性、旗が唸る音、人馬の疾駆する姿、それらが一体となり、何とも言えない高揚感を感じます。10組のうち、14歳の少女が優勝する組もありました。

甲冑競馬

■「神旗争奪戦」

螺の合図で騎馬武者たちが祭場中心に集まると、ハイライトである「神旗争奪戦」の始まりです。花火と共に打ち上げられた二本のご神旗がゆっくりと宙を舞い、地上に落ちる前に、騎馬武者たちが勇壮果敢に奪いあいます。
人馬が一体となって神旗争奪をする様は、祭というより「戦」そのもの。落馬する人、人を振り切って逃げる馬、怪我をする馬も出て、祭場は戦場と化します。

神旗争奪戦

──馬・馬・馬「相馬中村神社」──

祭を堪能した後、相馬中村神社へお参りに行きました。
今の相馬中村神社は1611年に相馬利胤公が相馬中村に城を移した際、神社も城内に移されたもので、現在の本殿・弊殿・拝殿は1643年に建立され、国の重要文化財に指定されています。
相馬野馬追の際には23日「お繰り出し」といい、相馬旧藩主公に守られ大神輿を騎馬武者、百数十騎が供奉して進軍。24日、本陣山に大神輿を安置、野馬追祭終了後、再び隊列をなして本城である中村神社に帰還され「お上がり」式を行なうそうです。
境内のあちらこちらに馬の姿が…。馬と縁が深い神社であることが伺えます。

神社入り口

今回、南相馬市を訪れ、この地一帯が野馬追を先祖代々に渡って継承していることを知り、この土地だからこそ守られたのではないか、と強く感じました。
また、相馬中村神社に伺い、獣医であり、ホースセラピーの普及を目指しておられる川嶋氏が、この神社の宮司のお嬢様と結ばれたという「運命」(という以外、他の表現が見当たりません)も、素晴らしい御縁だと改めて感じました。 お忙しい中、現地のコーディネートをお引受け下さった川嶋さまと、2日に渡って私たちを案内して下さった菊地さまに、この場をお借りして改めてお礼申し上げます。

神社入り口

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